2022年8月、通称「グリ下」で出会った女子高校生とみだらな行為をしたとして、大阪府の青少年健全育成条例違反の疑いで韓国籍の李挙吾容疑者(25)が逮捕されました。
グリ下は、大阪ミナミの道頓堀にあるグリコの看板の下を略して使われるようになった言葉ですが、地元の人からは違和感を持つという声が多数聞かれます。
そんなグリ下の場所や、なぜ犯罪へ巻き込まれるケースが多いのかについてまとめてみました。
グリ下ってどこ?場所を解説
大阪道頓堀にあるグリコの看板の下
大阪の難波駅から地下鉄御堂筋線の心斎橋まで続く商店街の途中にある道頓堀川にかかる橋を、戎橋と言います。
グリコの看板は1935年に建てられており歴史は古いですね。
一番下の画像が2022年に生まれ変わった最新バージョンの看板になります。
ナンパ橋といわれていた戎橋は過去のこと
大阪のミナミといえば一時期観光客が多くて、特に中国人の買い物客でごった返していたこともあります。
その中国人たちがくるもっと前、30年以上前くらいには「ナンパ橋」「ひっかけ橋」と呼ばれていたようです。
道頓堀から少し先に入ると、宗右衛門町という場所があり、いわゆるディスコと呼ばれるお店が多かったため、パートナーを求めるために、この戎橋でたむろする若者が多かったように思います。
グリ下という言葉に地元民が抱く違和感の声
グリ下という言葉が使われるようになったのはいつからなのでしょうか。
若者にしかわからないキーワードを使い、特別なつながりを作っているのではと分析する人もいるようです。
私は両親が法善寺近くで1950年頃から飲食店をしてる家庭で当時の区名「南区」で、千日前通りをチンチン電車が走っている頃に生まれ育ちました。 古くは悲惨な千日デパート火災や中座から法善寺横丁の大火も経験してきたが、時の流れには抗えないもので、法善寺界隈や横丁は昔の風情はなくなり、すっかり “新しい街並み” に変わった。 変わる事や若者が増える事は悪い事ではないが、「グリ下」、、、って個人的には違和感ある。 近所の古くからの付き合いある大将や女将さん達、古くからの板場さん、仲居のお姉さん達も、皆「グリ下」って呼び方に良い気持ちは持っていない。
ミナミに近いところに住んでたけど「グリ下?」ってなりました。なぜ略す?全国に通用する言葉を使ってほしい。それから略語の説明とかすれば。
大阪府民として、グリ下って何? グリコの看板というコテコテの大阪観光名所なのに、 本当のグリ下のたこ焼き屋からしたら、まじで良い迷惑だし、違う意味で注目されるようになるのが嫌
大阪の人でもグリ下なんて言わない… 通じるのは10代とか、そこに居る人たちだけだと思う
グリ下に集まる若者たち
今回、大阪府の青少年健全育成条例違反の疑いで逮捕された李挙吾容疑者は、警察の調べによりますと、女子高校生と出会ったのは7月に「グリ下」で出会い、18歳未満と知りながら兵庫県に住む女子高校生と淫らな行為をした疑いで逮捕されています。
女子高校生は、「恋愛関係だったので関係を持った」と話していると言います。
コロナ禍になり、居場所を失った若者たちが自分の居場所を求めて集う場所になったのが「グリ下」。
「グリ下」には、美男美女が多いと言う噂もあり、見た目は男子は「やりらふぃ」で、女子は「地雷系」が多いとの評判もあります。
「やりらふぃ」や「地雷系」も若者に流行っているスラングです。
「やりらふぃ」は「テンションが高い人達の総称」でファッションは「パリピ」の人達に似ているとされています。
また「地雷系」の女子のファッションは、白・黒・ピンクを基調とする洋服を着て、お人形のようなメイクをしているのが特徴的とされています。
10代の若者たちがここに集う理由に、「お互いに本名も知らずに深く関わらなくていいから楽」「家ではバカにされるけど、この場所にくると、可愛いとか友達になろうとか声をかけてくれるので自己肯定感を高めてくれる」という、現在の社会背景の問題も大きいように感じてしまいます。
まとめ
「グリ下」は、若者が使う用語として「グリコの大看板の下」を略した言葉です。
グリコの看板は、大阪府にある繁華街ミナミ道頓堀川にかかる橋、戎橋からよく見える場所にあり、観光スポットとしても有名です。
2000年以降、道頓堀川水辺整備事業として「水の都・大阪」再生に向け、水辺に親水性の高い遊歩道〈とんぼりリバーウォーク〉を整備しされ、戎橋も新しく架け替えられました。
遊歩道のあるおかげで、ちょっとのんびり過ごせる空間ができ、景観も良いのですが犯罪の温床になるのは良くないですね。
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